ヴィパッサナー瞑想

2007年4月

インド古来のヨガ指導者ヴィノッド・クマールさんが南インドからスタジオユーキーにいらっしゃいました。そのときは大病した直後だったので自分が病気になった意味が知れるものはあるのだろうか?それは瞑想ではないのか?と思っていました。帰り際に毎朝瞑想をしなさいよ!とおっしゃって数日は続けましたがいつのまにか忘れていきました。ずっと心の奥の方で気になっていたのです。


 そんなことを考えながら、やっぱり瞑想そのものをしるべきではないのかとスピリチュアルやカウンセリングなどを探したりしているうちに、ブッダのマンガに出会い、悟りを開くきっかけとなった瞑想方法(ヴィパッサナー瞑想)があると知り、それを体験したくなりました。

 ようやく!2012年4月24日から5月5日にかけて、日本ヴィパッサナー協会(JVA)が行なっている10日間コースに参加しました。
 修業はずっと座って体の感覚を観察するものです。ただそれだけです。

 

 ゴータマ・シッダッタ(パーリ語読み。シッダルタはサンスクリット読み)はあらゆる修業や瞑想方法を試したあとでも、自分の中に心のにごり(苦悩)が消えないことに気づく。そして、その苦しみから解放されるためにはどうすればいいのか考え続け、ヴィパッサナー(あるがままに観察する)と呼ばれる瞑想方法を再発見する。そして、このヴィパッサナーによってブッダ(悟った人)となったのです。


 現在、ブッダの教えは主に言葉で語り継がれていますが、その本質はヴィパッサナー瞑想です。外から知識を得るのではなく、この瞑想方法はまったく逆のアプローチです。つまり自分の体を観察することからすべてのことを理解します。頭で考えたことに、体が答えを出してくれる。その繰り返しです。

 

 実は10日間のコースで何が行なわれているのかを詳しく書くことはできません。

 

心の奥深い部分を対象にした修業であるため、指導者のいるところで習う必要があるからです。ただし、10日間のプログラムはたいへんよくできていて、何の知識や経験がなくても、最後までコースに残ることができれば、きっとすばらしい恩恵が得られるはずです。

 

 また、瞑想をしているときに幻覚が見えたり、体の感覚が敏感になって神秘的な体験をしたりする人がいるかもしれません。たとえそのような体験があったとしても、それは個々別々。だれもが同じ経験ができるわけでもありません。特別な体験を期待することは、逆に修業の妨げになります。

 

 コース中は「聖なる沈黙」を守って過ごします。それは、ほかの人がどういう状態で瞑想をしているのか気にならないためでもあります。ここにはあたかもあなた一人が滞在しているようにふるまいなさい。目を合わせてもジェスチャーをしてもいけない。私はとても楽でした。「聖なる沈黙」はすばらしいものだと思います。

 

 そしてもうひとつすばらしいことはゴエンカ師はもちろん、指導するアシスタントの先生を始め、すべてがボランティアで運営されていること。参加費はなく、コース参加後に自分が得た恩恵をほかの人にも受けてもらいたいという気持ちの寄付だけを集めていること。

 

 10日間のまとまった休みを取るのは、なかなか難しいものです。しかし、毎回たくさんの参加者が集まり、多くの人がキャンセル待ちをしているそうです。その魅力は?あなたもでかけてみませんか?